劇場版遊戯王の感想・考察・伏線回収などなど

      2016/10/02


劇場版は濃すぎて消化不全になったよ。

 

先日、遊☆戯☆王の映画をやっと観ることができました。

ゴールデンウィークも中々忙しくて、観に行けてなかったけど、何とか観ることができて本当に嬉しいです!

 

今回の劇場版は、とにかく濃かった!

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体育の刈田先生まで登場してて思わず笑みがこぼれました…

これ、絶対に大人向けですわ…

私としては原作を全て読んでいる大人は楽しめると思うけど、全然知らない人や子供が観ても、「モンスターかっこいいなぁ!」ぐらいの楽しみ方しか出来ないのではないかなぁと感じます。

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今回の物語は、海馬・遊戯・藍神の3人がそれぞれの思い・人生観をブチまけています。

これを完璧に理解するには、原作を読み、この映画も何回も観ないといけないくらいに濃いものです。

遊戯王はカードゲームでありながら、非常に「考えさせられる」物語性があります。

 

「モンスターの動きがかっこいいなぁ」というのも一つの楽しみ方だし、実際、最新のCGの凄さは私も感じました。

本当にガイアロードの動きとかどうなってんの?かっこよすぎるんだけど…って感じだったし、青眼モンスターたちの美しさには感動しました。

 

でも、遊戯王という作品はキャラクターの思想や生き方をしっかりと見つめ、自分の人生に取り入れようというスタンスで向き会うのがちょうどいいと、私は思います。

じゃないと勿体無い気がするんです。

 

さて、前置きが長くなりましたが、今回の映画で感じたこと、回収された伏線、自分の中で未解決の問題について、まとめたいと思います。

正直、私も消化不良ですが、ここで少しでも吐き出してスッキリしたい…

 

映画で回収された伏線

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今回の映画で回収された伏線は、ずばり、バクラとシャーディーの関係です

今作では謎が多いシャーディーのことも少し判明しました。

 

シャーディーとは、千年パズルを完成させた遊戯の前に現れ遊戯を試したり、マリクやペガサスの前にも現れたりと、ミステリアスな人物です。

王の記憶編でも彼は登場し、墓守の一族ボバサはシャーディーその人でした。

また、アクナムカノン王の生み出した精霊ハサンもシャーディーであることが後に判明し、当時は混乱したことを覚えています。

更に最終回、闘いの儀が終わり石板が崩落していく中、ボンヤリとシャーディーの姿があったのも印象的でした。

 

今作の映画ではシャーディーは、シャーディー・シンと呼ばれ、時を超える力を持った、藍神たちプラーナを導く存在だったことが明らかにされました。

 

原作では、マリクの発言から、マリクの父親が死んだ時点でシャーディーが生きていたことに対して、バクラが動揺する場面があります。

これがどういうことなのか、原作を読んでも分かりませんでしたが、今回の映画では、バクラの幼少期が描かれ、初めてエジプトで千年リングを手にしたバクラが、その力でシャーディーを殺害したことが明らかになりました。

 

過去に殺したはずのシャーディーが生きていたことに対して動揺したのが、原作の発言だったのですね。

劇場版でのシャーディーは悪と善の千年アイテムを調和させ、次元上昇により、全人類を救済しようと考えていたという設定も明らかになりましたが、正直これはまだ理解が追いついていないです…

なんでファラオの魂が復活すると次元上昇出来なくなるのかもよくわからないし…

 

今作で感じたこと

とにかく、原作のファンのために作って下さった映画だ!ということが伝わってきました。

まず、当時の声優陣を揃え、完全新作のオリジナルストーリーをカズキングが書き下ろし、最先端の映像技術でモンスターが動かされ…とても豪華な内容でした。

 

あと、海馬が主人公だなぁとも感じましたね。

遊戯は闘いの儀を経て、アテムのことを忘れたくても忘れられない。

けど、前を向いて歩んでいかなければならないと、成長したくましくなっています。

杏子がアメリカにダンス留学に行くシーンでも、涙を見せることなく見送ったり、新しいゲームを開発したいと自分の夢を語るシーンでもその成長の一端を伺い知ることができます。

 

一方の海馬は、アテムと闘わなければ先に進めない。

アテムを復活させるためだけに、デュエル・リンクシステムを開発し、宇宙エレベーターまで建設して、無重力空間で千年パズルを完成させようとしたり…

アテムに固執し、自分の意思で不可能を可能にしていきます。

 

正直、なんでこんなにアテムに固執してるのか分からなかったんですが、この映画はやっぱり「原作のアフターストーリー」なんです。

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アニメでは、遊戯とアテムの闘いを海馬も観戦していました。

アテムが1ターンで三幻神を召喚し、絶望的な状況の中でも諦めず、マグネット・モンスターを使ったコンボで神を倒した遊戯の姿を海馬は目にしているんですね。

おそらく、海馬はアテムと闘いたかったと思うんですが、神三体を相手には勝てないなと思ったのではないでしょうか。

でも、遊戯は神を倒した

それを見て、海馬は何か吹っ切れたものがあったと思うんです。

 

しかし、これはアニメ版の話。

原作の海馬は闘いの儀に立ち会ってはいません。

自分の永遠のライバルが、冥界に旅立ったなど、彼が認められるはずはないのです。

しかも、気弱な器の遊戯に負けたなど。

 

永遠にアテムと闘うことができない海馬。

アテムを倒したときこそ未来に進めるのに、彼の時間はその時から止まってしまったのではないでしょうか。

だから、海馬は自らの意思で、チカラでアテムを冥界から呼び出そうとします。

己の未来を切り拓くため。狂ったように。

 

よくよく思い返してみれば、原作の海馬はもともとそういう男でした。

これはバトルシティのイシズ戦に象徴されていると思います。

 

イシズが千年タウクの未来予知の力を駆使し、オベリスクすらも囮として海馬は追い詰められます。

海馬の敗北は確定された未来。

そうイシズは信じていましたが、海馬はオベリスクを生け贄に捧げ、青眼の白龍を召喚、イシズの未来予知を覆します。

自らの信じたもので、己の未来を切り拓く男。それが海馬なのです。

この海馬の狂うほどの情熱があり、今作が生まれたのではないでしょうか。

 

残る謎、ラストシーンは一体…

劇場版のラストが一番の謎だったので、そこに触れたいと思います。

アテムとの闘いを望んだ海馬でしたが、それは叶いませんでした。

千年パズルは再び失われ、もう二度と完成することはないでしょう。

 

しかし、海馬はどうやら次元領域デュエルから何か得たものがあったのか、デュエル・リンクスシステムのチカラで次元上昇、冥界のファラオの元に辿り着いたようです。

 

ここで気になるのは、劇場版公開に先駆けてジャンプで連載された漫画の存在。

ここでも海馬は次元上昇によりアテムの元に辿り着こうとしていました。

しかし、肉体がそれに耐えきれないと、モクバによって止められています。

 

今作のラストでは、モクバに後は頼むと言い残し、海馬はアテムの元を目指しました。

次のシーンはエジプトのような砂漠の中を歩く海馬の姿。

しかしその身体の一部は黒い粒子となっていました。

海馬は死を覚悟して、アテムに挑んだのでしょうか…

 

 続編はあるのか?

私としては続編は無いと思います。

…確証はありませんけどね。

 

遊戯と海馬の物語はこれで終わり。

いや、勿論続いていくのですが、それは私たちの味わいに任されているのでは無いでしょうか…

 

…失礼を承知で言えば、今作の映画はもしかしたら蛇足だったのかもしれません。

もしかしたら遊戯王は原作までで完結していた方が、綺麗に終わっていたのかもしれません。

でも、遊戯王の1ファンとして、遊戯や海馬の熱をまた感じることができたのは本当に有難かった。

まとまらない、読みにくい文章を書いてきたけど、思いの丈は全て書くことができたと思います。

 

最後に一言言えば、

遊戯王は最高の作品です。

出会えて本当に良かった。

 

 

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 - アニメ, 遊戯王