二上達也九段の死因は肺炎。その経歴から学べることとは。

   

二上達也九段が亡くなる。

こんにちは。

二上達也九段が亡くなりました。

死因は肺炎でした。

 

寒くなってくると肺炎にかかる方も多く、たくさんの方が亡くなっています。

実は、高齢者の死亡理由の第三位が肺炎

体力や抵抗力の低い、子供やお年寄りが非常にかかりやすい病気です。

 

二上達也九段も御年84歳と高齢でしたから、抵抗力が弱まっていたのかもしれません…

 

二上達也九段は将棋界に何を残したのでしょうか。

今回は、彼の経歴を振り返ってみたいと思います。


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二上達也九段の経歴。

北海道に生を受けた二上達也さんは、17歳のころから地元で頭角を現し始めました。

アマ・名人戦の北海道大会では準優勝を収め、これをきっかけに上京。

入門から6年で八段まで登るという驚異的な記録を立てました。

 

また、二上達也九段は羽生善治さんを育てたことでも有名です。

羽生さんは二上さんの一番弟子とも言われていますね。

 

王将1に棋聖4という5期のタイトルを獲得しましたが、次第に若い棋士たちに敗れるようになりました。

そんな中、弟子の羽生に公式戦で敗北したことがきっかけとなり、引退。

いさぎの良い引き際だったのではないでしょうか。

 

引退後は日本将棋連盟会長や詰将棋の著作を書くなど、人望にあふれ将棋界の発展に努めた立派な方でした。

しかし、現在の将棋界はどうでしょうか。

私には、あまり良い状態ではないようにも思えるのですが…


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現在の将棋界はどうなのか。

二上達也九段といった大先輩たちの活躍で出来上がったのが現在の将棋界です。

国際的な将棋の普及や、女流棋士の活躍など、時代とともに変化していますが、悪い面も目立つようになってきたのではないでしょうか。

 

最近では棋士の不正問題や、遅刻問題が取り上げられていました。

プロがこうでは、せっかく二上達也九段たちが努力して作り上げた将棋界のイメージが悪いものになってしまいます。

 

自分たちが模範だということを意識し、行動で示していくことが今後の将棋界に求められることではないでしょうか。

将棋を広め、親しんでもらうためにも、プロ自身が真摯な気持ちでいることが必要です。

信用を得るのは難しいですが、信用を失うのは一瞬ですからね。

久保九段が遅刻で不戦敗。三浦九段の不正疑惑についても考察。


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